あらゆることがドローのまま終わった2020年の、延長戦のようだった2021年。結局海外アーティストの来日公演やフェスティバルも完全な形では再開せず、ジャンルやリスナーの細分化が進み、たくさんの人たちが同時に熱狂するような作品も、生まれにくかったのかもしれません。

かくいう自分も以前に増して過去のレア盤や古典映画ばかりを掘り漁るようになり、twitterを見て「ここはインディー・ロックのアカウントじゃなかったのか?」と戸惑った人も多かったかもしれませんが、「そもそもモンチコンってそういうサイトだったよね」という気もするし、世界中の動きが停滞している状況で、あまり周りを気にせず好きなことに没頭できるこの時間も、ある意味では貴重なのではないでしょうか。

というわけで、油断すると趣味に走ってしまいそうになる自分に最近のトレンドを教えてくれるライターさんや周りの方々に感謝しつつ、2021年のベスト・アルバム10枚と、惜しくもそこからは漏れたものの、ぜひ聴いてほしいアルバム5枚の発表です!



次点. Fievel Is Glauque - God's Trashmen Sent to Right the Mess (La Loi)

故"Blue" Gene Tyrannyをして「Lambert, Hendricks & Rossと分裂気味のFrank Zappaを聴いてるみたいだ」と言わしめたBlanche Blanche BlancheのZach Phillipsが女性ヴォーカリストのMa Clémentと結成し、ベルギーのブリュッセル、フランスのトゥルヌフイユ、アメリカのニューヨークとロサンゼルスという4つの都市でセッションを行った新プロジェクト。Chris Cohen、Ryan Power、BerniceのThom Gillといった曲者ミュージシャンたちが繰り広げる白熱したインタープレイと裏腹にアンニュイな歌声は、カンタベリー系プログレ・バンドが、何かの間違いでCrepusculeからデビューしてしまったかのようでもある。(清水祐也)





次点. Cleo Sol - Mother (Forever Living Originals)

UKのポスト・パンク〜ソウル・コレクティヴ、Saultにも在籍するウエスト・ロンドン出身SSWの第二作。過度な装飾を削ぎ落した生音主体のネオ・ソウル〜R&Bを中心に据えながらも、随所に現れる70年代のSSWが紡ぐような内省を滲ませた滑らかなメロディや、母親になった彼女自身による家族や愛についての描写は、作品全体にひとつの普遍性を与えている。先述のSaultの頭脳であり、今年のUKヒップホップの重要作であったLittle Simzの最新作も手掛けたプロデューサー、Infloによるそれら一音一音の響きや輪郭を活かした(ある種Simzの最新作のサウンドは真逆の)オーガニックなプロダクションも、本作の魅力に大きく貢献している。(山岡弘明)





次点. Liam Kazar - Due North (Mare)

元Vampire WeekendのRostamの母親がペルシア料理の研究家だということは(一部で)よく知られているが、普段はペルシア料理のシェフだというのが、Jeff Tweedyのツアー・バンドのメンバーでもあるLiam KazarことLiam Cunninghamだ。現在は同じカンザスで暮らすKevin Morbyのレーベルからリリースされたこのファースト・アルバムでは、10ccやKorgisといったPaul McCartney由来のポップ成分を絶妙な塩梅でブレンドした、料理人らしい手際の良さとセンスを発揮。実姉であるOhmmeのSima Cunninghamのコーラスも、良い隠し味になっている。(清水祐也)





次点. Remi Wolf - Juno (Island)

TikTokでセンセーションを巻き起こした「Photo ID」から3枚の”Dog”シリーズのEPを経て機が熟したファースト・アルバムは、当然インスピレーションの源である愛犬から名付けられている。おもちゃの音も使われているという、万華鏡のようにカラフルなファンク・ポップ・サウンドは終始楽しく踊れる反面、自身のアルコール依存症との戦いについての曲「Liquor Store」から始まる今作は、メンタル・ヘルスや家族、恋愛など、パンデミック期間の内省について歌われている。ネオン・カラーを纏ったブレないビジュアルで、ジョークを込めながらもあけすけに自身を語る25歳のシンガー・ソングライターの姿は、混沌とした今の世の中の、同世代から支持を得たに違いない。(栗原葵)





次点. Jorge Elbrecht - Presentable Corpse 002 (O Genesis)

ジャケット右手に写る人物を見て『ジョン・レノンの僕の戦争』を連想してしまったのは自分だけかもしれないが、ベトナム戦争の兵士の視点から精神衰弱や政治への怒りを歌ったというのが、Japanese Breakfastの新作でもミックスを手掛けた鬼才が、Beach HouseのドラマーJames Baroneを共同プロデューサーに迎えた本作だ。60年代のThe Byrdsや初期のPrimal Screamを思わせる、マーブル模様のサイケデリックなジャングリー・ポップ。甘い花のような香りが漂ってくるが、もしかしたらそれは戦場で命を落とした兵士が見た、束の間の夢だったのかもしれない。(清水祐也)





10. Clairo - Sling (Republic)


クリアな歌声とピアノの伴奏から、繊細で叙情的な世界が静かに広がっていく——ベッドルームから若くして成功を掴んだ彼女が、パンデミックの中で目を向けたのは家庭生活だった。帰省の間の母親との会話に触発されたこと、曲名にもなっているJoanie(Joni Mitchellから名付けられている)という子犬を向かい入れたことが、本作に大きな影響を与えたそう。ジャジーな「Amoeba」ではリリックに自分への叱責を込め、「Blouse」では音楽業界のミソジニーに言及し、「Just For Today」では鬱病について率直に歌っている。人生の酸いも甘いも知った今の彼女に、Pretty Girlの面影はない。(栗原葵)





9. Sufjan Stevens & Angelo De Augustine - A Beginner’s Mind (Asthmatic Kitty)

Asthmatic Kittyの未来を担うSSWとレーベル・オーナーが、禅仏教の“初心”やBrian Enoの提唱する“オブリーク・ストラテジーズ”に影響され、14本の映画をモチーフに制作したコンセプト・アルバム。インパクト大のアートワークは元ネタの作品を聞かされたガーナの看板画家が妄想で描いたものだが、B級映画好きのSufjanに『オズの魔法使』の続編を薦められたAngeloが途中で観るのを止めて書いたという「Back To Oz」や、同じくSufjanから薦められた『チアーズ!2』を全く観ずに、Wikipediaのあらすじだけ読んで書いた「Fictional California」といった曲が想像力に翼を与え、蛇の尻尾の生えたライオンのような、キメラ的アルバムに仕上がっている。(清水祐也)





8. Cory Hanson - Pale Horse Rider (Drag City)

中期Beatlesにも通じるサウンドを鳴らしていたLAのサイケデリック・バンド、WANDのフロントマンによるソロ2nd。フォーク/カントリーの先達が紡いできたような哀愁交じりの美しいメロディはアメリカーナのそれに近いが、レイドバックしたリズムにストリングスや鍵盤の柔らかい響きを絡めた叙情あふれるアレンジメントは、英国由来のような少しの湿り気を帯びていて面白い。ヨハネ黙示録に出てくる死の化身から取ったというアルバム・タイトルや、メタファーを多用した抽象性のある歌詞、そして本人お気に入りの赤いフェイスペイントまで、通して聴くとひとつの寓話を覗いているような印象も受ける、今年のチェンバー・ポップを代表する1枚だ。(山岡弘明)





7. Japanese Breakfast - Jubilee (Dead Oceans)

初のエッセイがベストセラーになったことや、グラミー賞ノミネートによる露出の増加に伴い、「韓国系アメリカ人なのにジャパニーズ?」というクソリプが飛び交っていたことには閉口するが、日本と朝鮮半島に共通する原風景であり、移民によってアメリカにも伝えられたという干し柿をアートワークにした本作は、そんな彼女からの力強いステートメントだ。今敏監督の同名映画(で使われていた平沢進の曲)に触発されたというオープニング曲の「Paprika」は、Flaming Lipsばりに祝福の銅鑼を打ち鳴らすユーフォリックなアンセム。デビューから八年、最愛の母の死を乗り越え、ようやく収穫の時期を迎えた甘い果実のような作品だ。(清水祐也)





6. Little Simz - Sometimes I Might Be Introvert (Age 101 Music)

大作映画のサウンド・トラックのような劇的な幕開けに、どのような物語が語られるのかと、レコードがかかった瞬間からゾクゾクしてしまった。俳優業もこなす彼女の通算4作目となる本作は、黒人女性のエンパワーメント讃歌になるであろう「Woman」を始め、不在だった父親への怒りと複雑な心情を歌う「I Love You I Hate You」など、生きていく中での受難や、自分の周りを取り巻く暴力に対して、洗練された洞察を含む機知に富んだリリックで、痛烈に批判し、感情を吐露していく。しかし、時々内向的だという彼女は反抗するだけではなく、最後に“I can feel / see your pain”とそっと優しく寄り添っていくのは、痛みがわかる者だからだろう。(栗原葵)





5. Water From Your Eyes - Structure (Wharf Cat)

2021年屈指の名曲と呼びたい「When You’re Around」で幕を開けたかと思いきや、続く「My Love’s」ではシゴキのようなノイズとドリル・ビートが繰り返される、ニューヨークの男女2人組による最新作。LPの両サイドの1曲目に"movie song"と呼ばれる映像的な楽曲、2曲目に実験的な楽曲が配され、3曲目のスポークン・ワードを挟んで「Quatations」という曲のバージョン違いが並ぶ、対称的でコンセプチュアルなアルバムになっている。作品によってインダストリアルだったりクラシカルだったりと掴みどころがないが、年頭にリリースされたカバー・アルバムではEminemの「Lose Yourself」やCarly Rae Jepsenの「Call Me Maybe」を取り上げており、ポップな曲ならいくらでも書けるのではないかとすら思わせる、得体の知れない存在だ。(清水祐也)





4. The Weather Station - Ignorance (Fat Possum)

女優としても活動するカナダ出身のSSW、Tamara Lindemanの不定形ユニットがFat Possumに籍を移しリリースした最新作。 前作までのアコースティック・ギターを軸に据えたフォーク・ロックから一転、Arcade FireやThe Nationalのプロデュースを手掛けるMarcus Paquinを起用し、後退したギターの代わりにシンセやストリングスを重層的に用いた臨場感のあるサウンドを展開。それらウワモノのコンテンポラリーなフレーズやストイックにリズムを刻むドラムに、フォーキーなSSW然としたメロディが合わさり、独自のグルーヴと世界観を形成している。 世界的な気候変動をテーマにした歌詞や、アーティスティックなビジュアル・MV含めひとつのコンセプチュアルな作品となっており、大胆な変化を経て彼女がひとつ上のステージに上がったことを確信できる。(山岡弘明)





3. Spellling - Turning Wheel (Sacred Bones)

レーベルのイメージからかソウル・ミュージック・ファンに語られることは少ないが、Minnie RipertonやLinda Lewisのようなエンジェリック・ヴォイスで歌うSpelllingことChrystia Cabralの通産3作目となる本作は、彼女たちが在籍していたRotary ConnectionやFerris Wheelを思わせる、エレガントなサイケデリック・ソウルだ。ゴシック・ダーク・ウェーヴを奏でていた彼女が、突如としてオーケストラをバックに歌い始めたという意味では、ソウル・ミュージック版Weyes Bloodと言ってもいいのかもしれない。フリーダ・カーロの絵画に影響されたという「Little Deer」で始まる本作は、「天上(Above)」と「地上(Below)」の二部構成になっており、ありとあらゆるものが死んでは生まれ変わる、果てしない生命のサイクルを描き出している。(清水祐也)





2. Cassandra Jenkins - An Overview on Phenomenal Nature (Ba Da Bing!)

ポエトリー・リーディングを交えた慎ましいボーカルとストリングスやホーン、シンセ等を取り入れた室内楽的なバックの演奏。NY出身のSSW、Cassandra Jenkinsの自身2作目となる本作の魅力は、Taylor Swiftの近作への参加でも知られるJosh Kaufmanによる、それらをしとやかに包み込む音響的/空間的なサウンド・プロダクションに依るところが大きい。と同時に、どこか「生命」を感じさせるアルバム・タイトルとジャケットのビジュアル、作中の丁寧に言葉を紡いでいくスタイルは、本作制作のきっかけになったというSilver Jews〜Purple MountainsのDavid Bermanの悲劇的な死に、強く引っ張られているようにも思う。30分というコンパクトなリスニング体験も束の間の夢のような、微睡みのアンビエント・フォーク・ミュージックだ。(山岡弘明)





1. Katy Kirby - Cool Dry Place (Keeled Scales)

着慣れた肌着のように、朝に飲むコップ一杯の水のように身体に馴染んだ本作は、Big ThiefのBuck MeekのソロやLunar Vacationなど傑作を連発するレーベルKeeled Scalesからリリースされた、テキサスのシンガー・ソングライターによるデビュー・アルバム。まずはこれでもかとフックが詰め込まれた3分半ポップスの「Traffic!」に驚かされるが、ウィットと飛躍に富んだ歌詞も魅力的で、中でも“ゴミ袋の中の金魚みたいにのたうち回った/あなたは息を止めてる時だけハイになるみたい/半分に割れてる時だけ輝くみたい”と、不器用な恋愛を歌った「Tap Twice」には涙。タイトル曲でクライマックスを迎えた後、“わたしのベイビーは消防士/絶対に飽きたりしない/だって彼は三連勤したら三連休だから”とトボけた調子で歌う「Fireman」まで、とにかく1曲も無駄のない本作は、忘れかけていた日常を思い出させてくれる隠れ家のような場所であり、間違いなく今年一番手を伸ばしたアルバムだった。(清水祐也)